2006年9月24日日曜日

女たちよ、ハートを開け!

<女たちよ、ハートを開け!>
バストフリーに関する考察です

―私のおっぱいって大きいの?―
私は、実は40歳になるまでブラジャー着けてませんでした。どういうわけで着けはじめたかというと、ある資格コースで、みんなが、ブラジャーの着け方によ り、胸の大きさがこんなにも違うと大騒ぎしていて、「麻莉さんにも教えてあげるから~」と参加者のエステティシャンの方が言うわけです。えーあーうー、と いう感じで受け答えたのですが、やー、どうしよって感じだったのです。しかし、40歳を越えてから、なんだかおっぱいが下がってきたかも、と内心感じてい て、また、みんなのあまりの大騒ぎのしように引っ張られて、とうとう、どうでしょうか?と、温泉の脱衣場で自分のおっぱいをお見せしたのでした。と、 「わー、麻莉さん結構、胸大きいね、Cカップでいけるねぇ」とそのエステティシャンの方がおっしゃり、このようにブラをつけるとより胸が大きくなる、とい う着け方を伝授してもらったのでした。みなさん、このときの私の衝撃は測り知れない!と思ってください。



私は、その資格コースが終わって時間が出来ると、いそいそと近所のスーパーに行き、Cカップのブラジャーを買っていました。ブラジャーつけない歴それまで40年だったのですが、それ以来、ブラジャー着けてるわけです。
この経緯の中で、そっか、私は自分のおっぱいが、「ブラジャーを着けなくてはならないほどに大きくはない」と、思いこんでいた、と気づいたのでした。いっ たい、これは、どういう思い込みだったのかなーと思います。「私のおっぱいはブラジャーを着けなくてはならないほどに大きくはない」、この認識は、おそら くは10代のときに形作られたものと推測されます。その後、私のおっぱいは、様々な人生の荒波にもまれて、成長したのだが、認識そのものは、10代の時の まま温存されており、現実とかけ離れてしまったというわけでしょうか。
この場合、認識とは、脳の中で結ばれたイメージであるわけですが、このように脳の中のイメージというものは、現実とはズレルことが結構あるんですね。気づ きというものの一側面とは、こういう過去に結ばれ固定された脳の中のイメージと、体にもとづいた今この瞬間の感覚、との摺り合わせが起こるとき、なんで す。

―ブラジャーを着ける―
「そっか、おっきいのか」と素直に指摘と気づきにしたがった私は、ブラジャーを買い、そのブラを着けてみて、さらなる気づきに直面しました。それは「もし かして、私は自分の女性性を否定していたのかもしれない」というものです。実は、そのブラジャーを着けてみると、いやに自分の胸が大きすぎて見えるように 感じられて、どうにも恥ずかしい感じが湧き上がってくるわけです。「そんなにおっぱいを突き出さなくても~」と勝手に心の中の声が、自分をけん制するので す。するともう1人の自分が心の中で、「いんや、私はブラジャーを着けねばならぬほど、おっぱいが現に大きいのである、それはもうすでに他の人から指摘さ れていることでもあって、それを素直に誇示して何が悪い」、とお答えするわけですね。ブラを着け始めて、そういう葛藤をしばし味わって、うーむと内心う なっておりました。おっぱいが大きいかどうか、ということは、女性として自分を世間にどのように見せるのかということに深く関わるということを実感しまし た。私は、女性としての自分をどのように受け入れていくのか、あるいは見せたいのかという自分への問いに対して、「自分のおっぱいはブラジャーを着けるほ ど大きくはない」とさっさと結論をだして、よく考えもせず感じもせず、40歳まで生きてきたのかもしれないのでした。それはそれで、ある意味では、自分が 置かれた環境の中で、自身の内面のバランスを保っていくには必要な賢明な断定だったかも知れません。だけれども、そこには女性としての自分への否定感が巧 妙に隠されている感じがします。
そこで、40歳にして、この否定感を克服すべく、いきなり、ワイヤー入りのブラジャーを着け、胸が突き出す感じ、を味わうことと決断しました。が、結構、 ぐるじぐないですか? 息が、腹に入っていかない感じ。できるかぎり、締めつけないようにゆるくホックをかけても、時間がたつと、うーん、くるしいなーと 感じになります。
しかし、一度目覚めた“女性意識”は、徐々に育っていったようで、ワイヤーが入ってなくて、ラクで、でも、おっぱいがきれいに見えるブラジャーはないの か、といつでも探すことになりました。そこで今回、このバストフリーに出会いました。これこそ、私が探していたもの! というわけなのです。

―女が感じるべき圧迫感―
さて、私は、「自分のおっぱいは実は大きかったのだ、わはは」、と40歳にして始めてブラジャーを着ける日常を過ごし、その圧迫感に“おおー”と思いまし た。この“おおー”という感じは、圧迫感に対してというよりも、文明社会のほとんどの女性がブラジャーを着けているという現実を思い、それは、ほとんどの 女性がこの圧迫感に耐えているということを意味するんだなと思い至ったせいであります。その感覚はあまりにも日常となり、圧迫感として感じていないほどか もしれません。女性の呼吸が浅いことが多いのは、こういった社会的に暗に要求されることに耐えていることが多いからかなーと考察してみたりしたのでした。 耐えているという感覚そのものが、自分が女性であると実感する根拠になっているとしたら、ちょとさびしい。どうでしょうか? 
ところで、私はブラをつけていないときの感覚のほうが日常的であるので、ブラをつけない開放感というものを味わったことがありませんでした。ところが、ブ ラを着けてみるとブラを取ったときの開放感が、結構きもちいかった。もしかしたら、女たちはこの開放感を楽しんでいるのかもしれない、、、よくわかりませ んです。あと、胸に谷間のできることが結構、うれしかったりした自分もいる。事は、思うよりも複雑なんであるな、きっと。それで、いいや、追及しなくって もということになり、私はブラを着けたり外したり、着け忘れたりして、日々過ごしていたのでありました。
そこへ、バストフリー。ブラジャーを着けることが単に圧迫感に耐えることだけの問題ではなくて、リンパの流れを阻害して乳がん発生率が高くなるということ が科学的データで示されているそうです。自分の体を傷つけながら、女性として美の探究をするという人生の選択もあり。だけど、女たちよ、ハートを開け! 
ノーブラの開放感とは一味違った開放感を、バストフリーで味わってください。“耐えること”で女を実感しなくてもいい。おっぱいをもつ女の開放感とその美しさを楽しみながら、生きる選択もあり。
バストフリー S M L XL     ¥5,040 
注:残念ながら、編カンパニーは、現在バストフリーを販売しておりません。


* 追記その1 資格コースの中では、このようにクラス以外の場所で、重要な気づきに直面する場合もあります。これは、受講生に限ったことではなく、講師やコーディネータにも訪れます。
* 追記その2 鎌田麻莉の新たなご報告:胸を突き出すと腹の突き出しが目立たなくなるということに気づいています。(これがいいことか悪いことかは分かりませんが)

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