「島」を読む

オルダス・ハクスリーの「島」を読んでいる。
字が細かくて、長い小説で、読むのに手間暇かかるけど、
やめられない。

オルダス・ハクスリーは、イギリス人の著作家で
エサレン研究所の設立の際の思想的(、と言っていいのか分からないが、)支柱になった人だ。たくさんの著作を残しているが、他に「知覚の扉」「すばらしい新世界」が日本語では手に入りやすい本かなぁ。ちなみにエサレン探求者を自認する私は、「知覚の扉」「すばらしい新世界」両方とも持っている。文庫本で手に入る。

「すばらしい新世界」は、実は、途中で読むのをやめてしまった。なんだか気持ち悪くて読み進められなかったのだ。

 西暦2540年には、私たちは、世界国家になっていて、母親から生まれるのではなくて、効率的に赤ちゃん工場で生産され、完璧な条件付けのもとで教育され、なんの不満もない、”幸福による絶対支配”の中で生きている、という、ディストピア小説なのだった。

さて、「島」 だった。
片桐ユズル先生の翻訳で、絶版になっていたらしいけど、復刻した。そこで、早速購入したというわけなのだ。私の知的好奇心が、むくむくと湧き上がったのだ。表紙のイラストもお気に入り。


何を知りたいと私が思っているかというと、
近代西洋文明というものがいかに
土着の文化・伝統・人々の暮らしというものを破壊してきたか
それは、なぜか
そして、それに対して、どのような折り合いがつけられるのか
また、将来的にどのような展望を抱けるのか

というようなことなのだ。
これは私自身が岩手県花巻市という日本の端っこに住みながら
抱えている、というか私自身の生き方で応えていこうと
している命題なのだった。

ゆったりセラピーは、その方策の一つなのだ。

エサレン研究所というのは、西洋と東洋の融合というようなことを
理念として掲げてるわけだけれども(設立時はね)
いやさ、融合とかいうけれども
そもそも、西洋文明が大航海時代と称して
土足で乗り込んできて収奪しまくった歴史というものがあるよねぇ。
と私は西洋と東洋の融合という表現には、ちょっと違和感を感じる。

エサレン研究所に初めて足を踏み入れた
若かった私は、その違和感に気づくよりも先に
欧米人が、東洋的な哲学や思想、身体技法を
熱心に取り入れている姿に感動したものだった。

が、それから40年近く経った今
ちょっと待てよ、という気分なのだ。

私自身にとって、それはどのように、奪われたもの、失ったことを
取り戻すのか、という表現の方がピンとくる。
腹の底がキリキリと痛むようなそんな思いをどのように癒していくのか
の問題なのだ。

偶然か必然か、

先月のNHK番組「100分で名著」は
ハクスリーの「すばらしい新世界」だった。
番組を観ることはできなかったけど、
テキストは手に入れて
読み兼ねていた「すばらしい新世界」の全内容を
堤美果さんの解説により、知る。


それは、イギリス流のブラックユーモアに彩られた
100年前のディストピア小説だけれど、
AIの進歩が加速度を増すこの現代社会で
妙にリアリィティを持って迫ってくる話だ。


「島」は、インド洋に浮かぶ、大航海時代の航路から外れたために
”発展”から逃れた島で、王国の島民が西洋文明を選択的に取り入れて
自分たちの伝統的な暮らしと融合させている

というお話。

でも、ある日、イギリス人のジャーナリストが漂着する。

彼の視点から、島の暮らし・社会システムが解明されていく。
これが実にエサレン的なのよ。
というか、エサレン研究所がハクスリーから学んだわけだよね。

そして実はこのイギリス人ジャーナリストは、
石油利権に絡んで、この島の王国の王と
つながりを持つべしと、密命を帯びているのだった。

さあ、この王国はどうなる、どうなる、どうなる

という興味と、熱帯の気候や自然の描写、農業や宗教や医療、
子供達の教育の描写が興味深かすぎて、やめられない。

ついにとうとう、最後のページをチラッとみてしまう。(笑)

 
いずれ、ハクスリーの博学博識ぶりには舌を巻くというか
私ごときが「舌を巻く」というのもおこまがしいのだが、

今回、オルダス・ハクスレーの生涯を堤さんの解説で知り、
2度の世界大戦を体験していること、
著名な生物学者のエリート一族に生まれ医者を目指したが、
視力を患ったことで医学を納めることを諦め
文学の世界に進んだことを知った。

「すばらしい新世界」にも「島」にも優生学的な考え方が
色濃く反映されている。 当時、脚光を浴びた生物学の考え方だったのだろう。
(そこが私的にはついていけない部分でもある)


ハクスリーは、晩年、ロサンジェルスに住んでいた。
エサレン研究所の創設者、マイケル・マーフィーとディビッド・プライスが
親交を深めたことが想像される。

「島」は、亡くなる一年前、1962年に最後の著作として書き上げられた。
折しも、エサレン研究所は、1962年の一月に設立され、一番大きなセミナールームは
ハクスリーと名付けられた。


ハクスリーは、エサレン研究所を訪れることなしにこの世を去った、と聞いている。

私にとって、”ハクスリー”は、当時脚光を浴びた小説家というよりは、
若かりし日に訪れたエサレン研究所のセミナールームの名前として記憶に残ったのだけど、

月日が流れて、ようやくその源に辿り着いた。

「島」を読みながら、そんな感慨を覚える。



鎌田麻莉@身体を痛めない脱・力技セラピスト講座
|note【公式】ゆったりセラピー協会
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<鎌田麻莉プロフィール>
エサレン®ボディワーク(全身オイルトリートメント)の日本の草分け的存在。

1987年単身米国に渡り、それから5年、ニューヨーク市に住む。

その間、気功、太極拳、ヨガ、チベット仏教に出会い、西洋文化の中で東洋の哲学と身体技法を学ぶこととなった。また、台湾人鍼医の日本人顧客向け通訳としてアシスタントを務め、同時に経絡・鍼灸・漢方処方を学ぶ。

その後、ナチュラル・ヒーリングを志して、1990年1月にカリフォルニア州エサレン研究所の集中トレーニングを終了、同年認定。ボディワーカーとしてのキャリアをスタートさせた。

1992年に帰国し、日本でのエサレンボディワークの実践をスタート。 
1999年-2007年、日本で初めてエサレン®ボディワーク資格認定コースを主宰。「エサレン」の名を日本に広めた。2008年より、心で触れるボディワークスクールを開校、自身で教え始める。

震災をきっかけとして2011年より、エサレンのアプローチを着衣のままで受けることのできる「ゆったり整体」の研究開発に着手、それまでの施術者としての経験を「ゆったりセラピー」としてまとめあげた。

2013年、社)ゆったりセラピー協会を設立し、セラピストの育成とともに認定講師の養成に注力し、エサレンメソッドを日本の風土と文化に見合う形での普及に取り組む。

和のカラダを提唱する。 現在、岩手県花巻市在住、温泉サロン・リラクセーション水心及び、町中サロン・ゆったりサロン絆で、ゆったり®️セラピスト続行中。スクールも花巻にある。
 

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