「一生モノの希望」を身体に見つける。20代の君に伝えたい、ゾーン(フロー)を生む『和のカラダ』の秘密
これで生きていける、そう思った。
私は、28歳の時に、カリフォルニアにあるエサレン研究所で、エサレンボディワークのトレーニングを受けたんだよね。25歳の時に家出して単身ニューヨークに渡り、自分らしく生きたい、と模索していた。
母親の闘病と向き合う日々に絶望していたよ。薬漬けの日々。治癒ってなあに?果たして、母はそこに向かっているんだろうか?10代の時からもう10年が過ぎていた。バラバラになった家族の狭間で、母親の世話の責任が私にのしかかっている。かろうじて、大学に進学はしたけれど、そこでは、全く何一つリアルに感じられなかった。何か理不尽な感じ。本当に知りたいことは隠されている。このまま就職して、レールに乗ってしまったら、もう一生そのレールから降りられない、きっと。焦りがあった。苦しかった。大学は中退してバイト生活に入る。
とうとう、25歳のとき、自分で自分を解放することに決めたんだ。家をでよう。母親は母親の人生を生きるだろう。生き延びてくれ。私は私で生き延びる。病身の母を捨てたのだ。それから3年、なんとかニューヨークで生き延びて、エサレン研究所のマッサージセラピストの集中トレーニングを受けることを決めた。アメリカで生きていくつもりだった。
エサレンで初めて、人の身体に触れた、そして、私は触れられた。
エサレンボディワークに私は夢中になった。これで生きていける、いや、これで生きていけるなら、希望がある。そう思ったよ。
触れようとする時、私はまず私の息を整え感じる。
足の裏が、地面についている感じを味わう。そして、受け手のパートナーの、楕円形のあたかも卵のような繭のような、白く輝くエネルギーの中に頭を下げて入っていく。そして、すべての力を抜いて、私を置き去りにして、触れる。頭頂から何かが流れ込んできて、私をリードしてくれる。何も考えることはない。ただ、それに従うだけだ。
寄りかかる、すると、パートナーのカラダの弾力が私を導く。腰をふっと落として寄りかかりを解除する。すると、パートナーのカラダが、返しを与えてくれる。それとともに私のカラダが動く。動く。繰り返し、寄せては返す波のようにセッションは進んでいく。私は、触れる人でありながら、同時に触れられていた。
エサレン研究所は、太平洋の荒波が打ち寄せる崖っぷちにある。波の飛沫が届くようなデッキにマッサージテーブルは並んでいた。波のリズムが私の内側の波と連動した。トレーニングの1ヶ月間、クラスが終わるとマッサージデッキの隣の温泉に浸かりながら、あるいはクラスメートとカフェテリアで夕食をとりながら、太平洋の海に沈む赤く燃える夕陽を眺めた。大陸を離れていくその沈む太陽は、次にその対岸の日本列島を照らす朝日になる。それが不思議だった。そして同時に地球のリアルを感じた。
私は徐々に統合されていった。家族の記憶は、病院の暗い廊下で一人で過ごした長すぎる時間や、冷たいリノリウムの床に横渡って母のそばで過ごした記憶から、畦道を歩いて、苗を運んで大人を手伝った田植えの記憶、赤飯や煮しめをお重に詰めて祖父母と一緒に、家族みんなで墓参りに歩いて向かったお盆の記憶へ変わった。母は元気で快活で、美空ひばりの大ファンで、床屋を繁盛させ、そっと絶妙に触れて顔剃りをして、何人もの弟子がいた。春には、父は暗いうちから田んぼに出かけ、泥だらけになって帰ってきた。カラダから土の匂いがする。田おこしの季節は家中が土埃ぽくなった。秋には、総出で田んぼに出て天日干しの稲の脱穀をした。稲藁の匂いが懐かしい。
あの場所に戻ろう。だけれども、セピア色で土と稲藁の匂いのするあの場所は、もうない。私のカラダだけが、まだあった。触れてそして触れられて、私をゾーン(フロー)に導いてくれるカラダ。このカラダで、日本の東北の田舎町に、再び立ち戻ったらどんな感じがするのだろう。母に触れてみたかった。新しくなった私のココロとカラダで触れたなら、母は癒されるのだろうか?失ってしまったことを取り戻せるのだろうか?
君が今感じている理不尽さや焦りは、頭では解決できないんだ。でも、身体にはその答えがある。カラダがゾーンに導いてくれ、そして、圧倒的な充足感を与えてくれる。何も天才的なアスリートだけがゾーンに入れるわけではない。カラダさえあれば、そこに行ける。それがゾーン(フロー)なんだ。
君は、幼いころから、ゲームを楽しみ、スマホをいじり、世界中の情報を瞬時に手に入れられたろう。でもその代わりに、カラダを使って日常を作っていく密かな楽しみ、カラダを使い切って感じる圧倒的な充足感から遠ざけられたんだ。そして祖父母からも遠ざけられ、歴史と文化が染み込んだカラダの連続性から途絶させられた。君の目の前にあるのは、青く光る世界につながるモニターだ。でも君は、AIではない。人間だ。
そんな君に、私は、ゆったりセラピーというバトンを渡そう。それは、アメリカで受け取ったものだけれども、アメリカ文化ではない。日本のものだ。
私は、ゾーン(フロー)を生む『和のカラダ』の秘密を君に明かすよ。言葉ではない。カラダを使って、触れて、その秘密は、手から手へ人から人へと手渡される。そして、君は君のカラダでゾーンを生み、世界を共振させていくことができる。日本人のカラダにはそのDNAが埋め込まれているんだ。
『和のカラダ』で生きることは、ともにフロー(流れ)の使い手となって、日本という静かで穏やかな革命を起こすことだよ。
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エサレン研究所についてや、エサレンボディワークについて、そしてゆったりセラピーについては、できるかぎり分かりやすく網羅的に記述した本を出しているので興味のある方は、ぜひそちらを読んでいただければと思います。
書籍〜世界で愛される癒しのエサレンメソッド〜
心で触れるボディワーク
<鎌田麻莉プロフィール>
エサレン®ボディワーク(全身オイルトリートメント)の日本の草分け的存在。1987年単身米国に渡り、それから5年、ニューヨーク市に住む。その間、気功、太極拳、ヨガ、チベット仏教に出会い、西洋文化の中で東洋の哲学と身体技法を学ぶこととなった。また、台湾人鍼医の日本人顧客向け通訳としてアシスタントを務め、同時に経絡・鍼灸・漢方処方を学ぶ。その後、ナチュラル・ヒーリングを志して、1990年1月にカリフォルニア州エサレン研究所の集中トレーニングを終了、同年認定。ボディワーカーとしてのキャリアをスタートさせた。1992年に帰国し、日本でのエサレンボディワークの実践をスタート。
1999年-2007年、日本で初めてエサレン®ボディワーク資格認定コースを主宰。「エサレン」の名を日本に広めた。2008年より、心で触れるボディワークスクールを開校、自身で教え始める。震災をきっかけとして2011年より、エサレンのアプローチを着衣のままで受けることのできる「ゆったり整体」の研究開発に着手、それまでの施術者としての経験を「ゆったりセラピー」としてまとめあげた。2013年、社)ゆったりセラピー協会を設立し、セラピストの育成とともに認定講師の養成に注力し、エサレンメソッドを日本の風土と文化に見合う形での普及に取り組む。和のカラダを提唱する。
現在、岩手県花巻市在住、温泉サロン・リラクセーション水心及び、町中サロン・ゆったりサロン絆で、ゆったり®️セラピスト続行中。スクールも花巻にある。
ゆったりセラピスト・鎌田麻莉のHP
カラダ・最後の砦を守り抜くために
https://kokorodefureru.com/
地球とつながり、心で触れる
ゆったりセラピーの学校
https://esalenbodywork.jp/
社)ゆったりセラピー協会
https://bodyworkjp.org/
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鎌田が行うゆったりセラピーのデモンストレーション
<ゆったりセラピー施術の要オンライン講座>
詳しくは、こちらから http://bodyworkjp.org/kaname-webseminar/
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社)ゆったりセラピー協会の
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